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大地の唄 アンダーパス!
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2009/06/15 16:59 |
岩山漆芸美術館名誉館長にぺ様
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2009/06/08 16:05 |
ロシア亭 北斗 に行きました
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2009/02/11 13:40 |
カツ中華 −直利庵−
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2009/01/16 18:24 |
連正寺本尊御開帳
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2009/01/16 14:29 |
盛岡擬宝珠神籤 400円 !
今年から発売になった櫻山神社限定販売の 「盛岡擬宝珠神籤」 当初、新規製作のためコストがかかって1個500円という高価なものでしたが、 2009年は、盛岡の慶長14年銘擬宝珠が400年を迎えるにあたり、 擬宝珠神籤の価格も1個400円になりました。 どうぞ、新年度の運だめしは400年記念の擬宝珠神籤をおためしください。 よろしくお願いします。 ...続きを見る |
2008/12/26 11:59 |
修復終わりました。 岩手銀行中ノ橋支店
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2008/12/14 10:12 |
岩手山初冠雪
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2008/09/27 13:55 |
岩手銀行 壁面修復?
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2008/09/19 10:30 |
盛岡山車
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2008/09/15 12:23 |
盛岡伝説案内 其の四拾五 豆腐買地蔵尊異譚
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2008/09/03 12:58 |
南部盛岡 擬宝珠神籤 が発売になります!
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2008/07/27 15:10 |
中津川 (東家のそば前酒) −東家のおみやげ−
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2008/07/16 11:13 |
サラダそば −東家−
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2008/07/16 11:09 |
盛岡の桜
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2008/04/24 15:07 |
今年も石割桜咲きやんした −盛岡−
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2008/04/17 15:18 |
天児(あまがつ)・這子(ほうこ) −瀬川家の抱き人形−
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2008/04/14 13:49 |
じゃじゃ麺屋 香醤(こうじゃん)のじゃじゃ麺をはじめて食すの巻
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2008/04/11 12:53 |
もりおか雪あかり 2008
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2008/02/10 14:51 |
開運橋ライトアップ 2
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2008/01/23 19:35 |
南部はっと鍋
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2007/12/09 10:49 |
鉈屋町 大慈清水御休み処 大澤家町家
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2007/10/17 15:40 |
盛岡じゃじゃめん
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2007/09/06 16:55 |
紺屋町で丁印公開 「紙丁・鍛冶丁 張良と黄石公」
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2007/09/02 12:45 |
開運橋ライトアップ
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2007/09/02 12:35 |
盛岡天満宮 −7月25日−
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2007/07/26 12:03 |
てくり 5号 入荷!
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2007/06/29 15:42 |
岩手山のワシ型
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2007/05/10 18:45 |
南部鉄瓶で青龍水を沸かす
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2007/05/01 13:50 |
もう一本の国指定天然記念物の桜 −龍谷寺のモリオカシダレ−
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2007/04/29 23:25 |
夏美ちゃんの通う道 −どんど晴れ−
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2007/04/29 23:14 |
石割桜 満開!
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2007/04/29 14:36 |
北帰行 −外岡秀俊−
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2007/02/04 22:12 |
栄光への道 盛岡商サッカー部〜全国制覇への記録〜
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2007/02/04 00:13 |
ホットライン肴町 アーケードの長さ
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2007/02/04 00:01 |
盛岡ノート 立原道造
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2007/02/03 23:33 |
祝 盛岡商 全国制覇 −第85回全国高校サッカー選手権−
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2007/01/13 22:35 |
盛岡駅名表示
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2007/01/02 10:26 |
謹賀新年 2007
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2007/01/02 06:22 |
南部鉄器狛犬好評につき御礼申し上げます
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2006/12/10 08:27 |
盛岡じゃじゃ麺 −白龍・パイロン−
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2006/12/10 08:04 |
大島高任生誕地は何処
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2006/11/05 16:52 |
馬車が走る街 盛岡
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2006/11/05 16:22 |
ウリウリとロケをしました!
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2006/11/04 18:55 |
第10回 みちのく国際ミステリー映画祭 −シネマパレード−
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2006/10/14 16:34 |
慣れ親しんだガソリンスタンドが閉店!
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2006/10/05 16:52 |
カワトク 岩手公園開園100周年
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2006/10/04 10:46 |
盛岡城の赤瓦
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2006/10/02 22:20 |
氷川くんに食べさせたい「盛岡冷麺」
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2006/09/23 21:35 |
「盛岡城跡公園ガイドマップ」が完成しました!
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2006/09/15 22:59 |
開園間もない「岩手公園」
絵はがきの写真で残されている開園間もない頃の岩手公園です。 ...続きを見る |
2006/09/10 09:27 |
盛岡伝説案内 其の弐拾壱 団子坂
盛岡で団子といえば「醤油団子」。生醤油仕立てのしょっぱい団子は全国でも岩手内陸界隈だけのもの。餅菓子類をこのへんでは「弁財物(べんじぇもの)」と呼んで、「こびる(小昼)」にかかせない一品です。 さて、そんな「しとねもの」に関する伝説も盛岡にはありました。 その昔、みちのくを巡幸していた弘法大師(空海)さまが、茶店にたどりつくと団子を頼みました。 ところが、茶店の婆さんは、大師のみすぼらしい乞食のような姿をみて、「これは団子でない」と言って団子を隠してしまいました。 弘法大師さま... ...続きを見る |
2006/09/04 23:27 |
盛岡八幡宮秋祭り
今年も収穫の秋を迎え、例年開催される八幡宮の祭典の季節となりました。 盛岡八幡宮の例大祭は、今年も9月14・15・16日に開催されます。 14日お昼には山車の八幡下りパレード。15日夜には山車の大通りパレードが開催されます。 さらに9月15日は、岩手公園開園100年記念セレモニーも開催される予定です。 ...続きを見る |
2006/08/27 19:35 |
「お菊の皿」検証
これも以前盛岡伝説案内でご紹介した「お菊の皿」であるが、毎年このお盆の8月16日しか公開されないことから、ぜひその「皿」の形が確かめたくて見てきた。 盛岡市名須川町「大泉寺」には緑と黄色の色鮮やかな「皿」というよりは「丼」4枚が伝えられている。(詳しくは「盛岡伝説案内」を参照ください。) ...続きを見る |
2006/08/16 16:44 |
マルコポーロに逢う
お盆というこの時期に報恩寺の五百羅漢に逢いに行きました。 お盆だからといって特別なことはなく、拝観料300円です。 先に盛岡伝説案内でご紹介した頃に整備途中だった耐震目的のセルロイドも小綺麗になっていました。(その頃はとても見られた状態ではなかったので、なんでこんなことしたのだろうと思った。)しかしながら、羅漢堂の宝珠は黄色く塗られ、ていました。瓦は葺きかえられていた。 さて、肝心のマルコポーロ像なのですが、左手首が取れてから、かれこれ数年になります。 その右隣のフビライ像も左手... ...続きを見る |
2006/08/16 16:38 |
お盆
半次郎の家では例年このお盆の時期は、玄関に家紋入りの提灯を飾ります。 我が家の家紋は「中輪に房付き笠」というもので、「高橋」で「笠紋」は珍しくないようですが、盛岡でそれほどよく見られるものでもありません。(というか、当家と同等の家紋を盛岡市内で見たことがまだ無い・・・) ...続きを見る |
2006/08/16 16:27 |
盛岡天満宮の狛犬(南部鉄器ミニチュア)発売中!
盛岡天満宮に鎮座する石川啄木が愛でた狛犬のミニチュアが南部鉄器になって完成しました。石川啄木生誕120年を記念して販売いたします(啄木も戌年生まれということになります)。 阿吽の二頭一組(一頭の大きさ高さ約2.5センチ×幅約2.2センチ×奥行き約4.5センチ 重さ【あ・58グラム】【うん・68グラム】包装箱込み約150グラム) 販売価格3200円です。 ...続きを見る |
2006/08/07 23:37 |
岩手公園の名称変更
今年五月の連休明けに『盛岡市は今年、開園一〇〇周年を迎える岩手公園の名称を全国に向けた発信力のある新名称に変更する方向で本格的な検討をはじめる。』と報道された。これは、「岩手公園」は「盛岡城跡」である意味を強く表現するということで、盛岡は城下町であるという意味の主張をも強くしたいということの現れなのだと読み取った。 さて、この話題の「盛岡城」は、石川啄木の歌を起因として別名「不来方(こずかた)城」とも呼ばれている。これは盛岡城以前の福士氏の居館は「不来方城」なのだが、現在の盛岡の街の基... ...続きを見る |
2006/05/24 22:08 |
龍谷寺のモリオカシダレ
国指定天然記念物 昭和11年9月3日指定 盛岡市名須川町龍谷寺 ...続きを見る |
2006/05/07 09:04 |
石割桜 いしわりざくら
国指定天然記念物 大正12年3月7日指定 盛岡市内丸盛岡地方裁判所 ...続きを見る |
2006/05/05 16:28 |
盛岡伝説案内 其の拾七 在廳権現 ざいちょうごんげん
五月二十五日には例年、櫻山神社の祭典が開催されるが、その参道にはこのような伝説が伝えられている。 城の普請とともに城下町を築いた南部利直公が、あるとき重い熱病で床に就いた。これには加持祈祷をはじめ、あらゆる手を尽くしたが一向に回復のきざしが見られず、あらゆる名医も匙を投げた。それで、家臣たちは話し合うと、この病を治してくれる者あらば褒美を取らせようということになった。 出羽国羽黒山の修験者(山伏)在廳が、これを聞き付けて名乗り出た。在廳は何週間かの断食祈祷をして利直公の病を癒すこと... ...続きを見る |
2006/05/01 22:42 |
岩手山の残雪 -巌鷲山-
岩手山の残雪に「鷲型」が見られるようになり、なかなか暖かい気候に恵まれない今年は予定日よりも遅く桜のたよりが聞かれ、4月21日に石割桜も数輪開花した。 岩手公園の二の丸の北側に岩手山を眺めることができる「望岳亭」という四阿がある。 ここから見た岩手山が写真。今年は雪も多く、山はまだ降雪もあることから、幾度か繰り返して山の右上部に残雪の鷲型が現れるのだ。(これにより、別称「巌鷲山・がんじゅさん」と呼ばれる) ...続きを見る |
2006/04/23 00:09 |
盛岡さくらまつりイベント
文化地層研究会・盛岡市共催 岩手公園開園100年記念「盛岡城ガイドツアー」を開催いたします。 日時 平成18年5月3日(水・祝)午前9時〜 (集合午前8時50分) 申し込み 当日上の橋緑地にご集合ください。 終了予定 正午 中の橋解散。 ...続きを見る |
2006/04/18 22:36 |
シダレカツラの花が咲きました
これまで気にすることの無かったカツラの木。しかも早池峰山原産の「シダレカツラ」が今、花を咲かせています。 カツラの花そのものは3日ほどで終わってしまうので見逃してしまいがちですが、まだ寒い桜の花間近というこの季節に静かに枝を赤く染めて咲いています。 「シダレカツラ」は雄木のみの品種ですので、実生苗が存在することはありません。 花が終わると葉がどんどんふくらんで新緑の季節を迎えます。 写真は盛岡市内、肴町にある国指定天然記念物のシダレカツラの落ちていた枝を拾い上げて撮影しました。 ...続きを見る |
2006/04/16 20:10 |
鮭の赤ちゃん
平成18年3月25日(土)、13回目を数える中津川での「鮭の赤ちゃん放流会」が行われました。その数1万匹。 5年ぐらいしないと帰ってこないとのこと。 半次郎は鮭の赤ちゃん放流をしたことがありません。 いずれにしても勝手に家の前を下ったり上ったりしているんだなぁと思います・・・。 ...続きを見る |
2006/04/02 04:58 |
来々軒(らいらいけん) −宮澤賢治 作品の舞台−
↑これは現在の景色 ...続きを見る |
2006/03/30 22:04 |
もりおか中津川めぐみ感謝祭
平成18年3月11日(土)・12日(日)午前9時〜午後5時 岩手県公会堂を主会場として、「もりおか中津川めぐみ感謝祭」が開催される。 市民の宝、盛岡の命とも言えるこの中津川のめぐみに感謝し、中津川をいかしたこれからの盛岡のまちづくりをめざして市民主体の祭りを開催します。 中津川周辺でも関連イベント・入場無料。 主催 もりおか中津川めぐみ感謝祭実行委員会 ...続きを見る |
2006/03/05 22:15 |
冬のバロック −「啄木・賢治にみる酒展」もりおか啄木・賢治青春館−
もりおか啄木・賢治青春館で第21回企画展「啄木・賢治にみる酒展」の関連イベントとして【室内楽&ギャラリートーク】が平成18年2月5日に開催された。 午後1時より室内楽「冬のバロック音楽」と題して弦楽合奏団バディヌリコンサートマスターの寺崎巌氏をはじめとする3名による演奏。バロックだけに限らず、普段なかなか聞くことができない曲をセレクト。展示会にちなみ、食卓でよく聞かれた・演奏された曲ということでした。 ギャラリートークは「酒をめぐる啄木の世界」ということで盛岡大学短期大学部教授の小林芳弘... ...続きを見る |
2006/02/05 22:33 |
もりおか雪あかり
もりおか雪あかりが2月1日から4日までの4日間、午後5時30分から8時30分まで開催されました。今年は全国的に降雪が多く、盛岡もその例外では無かったため、歩道の横にも雪あかりが並べられました。 岩手公園の一角には、氷の盛岡城。中津川原にはたくさんの雪あかりが並べられていましたよ。 ...続きを見る |
2006/02/04 22:42 |
博多通りもん −明月堂−
第40回モンドセレクション金賞・第23回菓子博名誉総裁賞・第24回茶道家元賞などを受賞している、しろ餡の中に生クリームとバターを使用した、和洋折衷の洋風なおまんじゅう。甘さをおさえたしろ餡とミルクの香りを、やさしい皮で包みました。という博多のお菓子「博多通りもん」。 とってもしっとりしていて、甘みが抑えてあるのが特徴。何個でも食べられちゃう半次郎でした。 ...続きを見る |
2006/02/04 22:25 |
梅ヶ枝餅 −かさの家−
博多太宰府天満宮といえば「梅ヶ枝餅」。筑前太宰府名物と謳われています。 焼きたてが一番で、盛岡でも毎年の物産展で求めて食べることができます。この物産展、「カワトク」という百貨店で開催されるのですが、この建物の裏通りを実はその昔「梅ヶ枝町・うめがえちょう」と呼んでいたことがあるのです。そんな偶然を思いながら食べる梅ヶ枝餅は、やっぱりこの寒い時期に食べるのが一番と思う半次郎でした。 ...続きを見る |
2006/02/04 22:13 |
本豆とうふ −平川食品−
昨年暮れから、発売はまだか何時かと待っていた「本豆とうふ」を購入することができた。 (「もめん」・「きぬ」とも同じ価格) これは購入できる場所と製造量が限られることから単品入手は比較的困難かもしれない。しかし、盛岡界隈で販売されている豆腐の中では比較的高価であるため、人気商品というレベルのものでもない。それでも、一度食べたらその魅力にひかれること間違いなしなのだ。 原材料は岩手県産大豆と凝固剤(にがり)のみ。 「岩手県北部の気候風土に育まれた大豆と長年の技を活かした香り豊かな一品... ...続きを見る |
2006/01/15 10:24 |
中華そば −直利庵−
直利庵さんで酒蕎麦をいただいた後、さらに「中華そば」をいただくのが習わし・・・?。 もともとが蕎麦屋さんなので、和風のお出汁のきいた中華そばです。 なかなかですので、ぜひ一度おためしください。 ...続きを見る |
2006/01/03 15:03 |
酒蕎麦 −直利庵−
1月2日は恒例の文化地層研究会新年会。市内の「直利庵・ちょくりあん」で「酒蕎麦・さけそば」をいただくのが習わし!?になっています。 写真が酒蕎麦のお膳ですが、盛りそばの重ねにやくみ(もみじおろし・ねぎ・おかか・くるみ)となめこおろしがついていて、たれの入った蕎麦猪口と徳利にはお酒が入っています。このお酒は紫波町の「吾妻嶺・あずまみね」という銘柄です。 この徳利のお酒を盛りそばにかけていただくというのが「酒蕎麦」です。 普通のお酒を蕎麦にかけたのでは、酒の風味が強くなってしまうので、... ...続きを見る |
2006/01/03 15:00 |
啄木・賢治にみる酒展 −もりおか啄木・賢治青春館−
「啄木・賢治にみる酒展」が、盛岡市内「もりおか啄木・賢治青春館」で2月26日まで開催されている。 石川啄木と宮沢賢治の酒のたしなみ方を回顧。 明治から昭和にかけての食生活から享楽的な啄木とストイックな賢治を対照させていて、2人の文豪が酒豪であったかどうかを伺うことができる。 展示室の暖炉前には、明治時代に日比谷松本楼で石川啄木と金田一京助が囲んだテーブルが再現されている。 啄木が上京して半年後の明治41年10月4日の日誌に 「松本楼でビールを飲み乍ら晩餐をとって、また散歩して、... ...続きを見る |
2005/12/31 07:30 |
腰越荘 −原敬別荘−
「腰越荘・こしごえそう」とは、原敬(はらたかし)が大正4年3月、鎌倉の腰越に別荘を新築し、翌5年「手狭につき書斎一室増室の必要を認め先般らい着手し、今回落成せり、八畳の間一室なり・・・6月完成」と日記に記されている。 つまり平民宰相と呼ばれた原敬の別荘が源義経の史跡としても名高い鎌倉・腰越の地に別荘を持っていたということなのであるが、現在この腰越荘の建物は分割移築され、書斎部分は盛岡市の原敬記念館へ、居間部分は盛岡市の原の菩提寺でもある「大慈寺・だいじじ」に移築されている。 上の写真... ...続きを見る |
2005/12/31 06:52 |
鋳金研究所
先の「盛岡伝説案内 其の拾参」に登場する「鋳金研究所」というのは、愛宕山(あたごやま)の中腹にあったことが、昭和元年の地図から見てとれる。 現在の盛岡グランドホテルの登り口より、さらに左側のあたりであろうか。 さらにその左上には「栗山大膳」の墓所が記されている。(栗山大膳の話についても盛岡伝説案内で紹介済み) 南部伯爵別邸というのは、現在の盛岡市中央公民館である。 ...続きを見る |
2005/12/30 16:46 |
肴町のシダレカツラ (国指定天然記念物)
盛岡市内肴町(さかなちょう)にあるシダレカツラの木がいつの間にか駐車場の真ん中にぽつんと1本になっていた。 ここは一般の民家の敷地内であったので、木の根本までを見ることができない環境にあったが、現在はこのような姿を観察できるようになった。 ただ、根本が最小限に柵が廻されて、たくさんの枝が地を摺るほどであったが、その枝は切られてしまったらしい。 結局、1本のこの木を360度何処からも眺めることができるようになった。 見るうえではいいが、あまりもの周囲の環境変化に驚かされているのは、... ...続きを見る |
2005/12/24 17:00 |
aiina散歩
ここはアイーナホールです。 ...続きを見る |
2005/11/27 12:43 |
aiina アイーナ いわて県民情報交流センター
昨日、午後から今年竣工した「いわて県民情報交流センター aiina アイーナ」の見学会に行って参りました。 正式には平成18年4月1日開館(一部施設は5月開館)の建物です。 この施設の特徴としては ●環境配慮型の建物 ●災害に強い建物 ●ユニバーサルデザインの建物 ●アートワーク ということが謳われています。 さらにこの施設に導入する5つの機能として 1 県民生活・サービス拠点 2 県民交流・活動拠点 3 県民学習拠点 4 県民情報拠点 5 国際交流拠点 があげられて... ...続きを見る |
2005/11/21 22:05 |
盛岡市遺跡の学び館 その3
さらに土偶といえば、縄文人の足跡も発見された萪内遺跡(しだないいせき)から出土した「大型土偶頭部」も並んでいます。 ...続きを見る |
2005/11/13 21:49 |
盛岡市遺跡の学び館 その2
盛岡市遺跡の学び館には、その他に魅力的な「遮光器土偶」(手代森遺跡出土)も並んでいます。 県内から出土したものでも最大級の遮光器土偶です。 ...続きを見る |
2005/11/13 21:46 |
日本最大級の縄文土器 −盛岡市遺跡の学び館−
調査取材のため、盛岡市遺跡の学び館を訪れる。 常設展示には、日本最大級といわれる縄文式土器が展示されている。 ...続きを見る |
2005/11/13 21:33 |
カツラの実
6日の日曜日に盛岡城内に残された唯一の建物「彦御蔵」の公開があり、公園をぶらぶらしているとカツラの木に実がなっているのを発見しました。 カツラの木は雌雄別株なので、もちろん雌木にしか実がつきません。 カツラの木は花が咲かないと雌雄の判別がつかないということもあって、こういう現象を目の当たりにしないと雌雄別株なんて気にすることは無いわけです。 花は赤い花が咲くのですが、実はこんな感じ。 なんとも不思議です。 しかしながら実生で発生する自然の苗木っていうのも見たことが無い。 盛岡市の木... ...続きを見る |
2005/11/11 09:26 |
シダレカツラ巡り
本日、文化地層研究会の会内活動として「シダレカツラツアー」を行いました。 盛岡市内肴町裏のシダレカツラをはじめに、市内門のシダレカツラ、そして市内大ヶ生瀧源寺のシダレカツラとどれも国の天然記念物です。 さらに原産ゆかりの地をたずねるべく一路大迫町岳の早池峰神社・妙泉寺跡へ。 夏場のシダレカツラの姿と違い、もはや秋も深まって葉は黄色く染まり、そのほとんどは散っていました。それでもカツラの木の元に行くと独特の甘いような香りが漂います。 シダレカツラは最近ではたくさん増殖されていますが、さす... ...続きを見る |
2005/11/03 21:51 |
ほっちゃれ
残念ながら今年は、まだ「サケちゃん」が川をのぼってくる様子を目の当たりにしていません。 そんななか、川の中にはすでに「ほっちゃれ」の姿が多数・・・。 「ほっちゃれ」とはサケの死骸のことです。 こんな盛岡は秋も深まって日々寒くなるばかり・・・。 ...続きを見る |
2005/10/23 17:05 |
欧風秋味 −びっくりドンキー&ベル−
ひさしぶりにベルのお座敷でハンバーグをいただく。 以前にも書きましたが、ここはびっくりドンキー創業店で「ベル」というお店です。 デジカメに納めずパクパクと食べてしまいましたので、メニューの写真を掲載しますが、きのこたっぷりのソースがかけられたハンバーグで、期間限定商品です。 このところの「きのこづくし」のテレビ番組に影響を受けた半次郎でしたぁ〜。 ...続きを見る |
2005/10/23 17:02 |
天昌寺の観世音菩薩像
たいへんご無沙汰いたしました。 義経と平泉終焉の旅路は盛岡・天昌寺からはじまりました。 盛岡にいながらまだ目にすることのなかった観音像を拝むことができました。 ...続きを見る |
2005/10/23 16:26 |
SL奥州義経号
JR盛岡支社は、10/8から3日間、東北線で12年ぶりにイベント用の蒸気機関車「SL奥州義経号」を運行。 一ノ関−盛岡間を1日1往復。 「SL奥州義経号」はデゴイチの愛称で呼ばれる「D51−498」。 6両編成で定員は512人。 停車駅は平泉、水沢、金ケ崎、北上、花巻。 ...続きを見る |
2005/10/09 14:07 |
真鍮色の消火栓 −盛岡・映画館通り−
国際ミステリー映画祭の開催予定を先に掲載しましたが、 毎年このイベントの舞台となる通称「映画館通り」がある。 この通りに面した信号機や外灯などの設備はもちろん、消火栓までセピア色をイメージ?したのかどうかわかりませんが、真鍮色している。(金色ではない。) ...続きを見る |
2005/09/25 22:21 |
第9回 みちのく国際ミステリー映画祭
いよいよ今年も、 10月14日(金)から16日(日)の3日間、ミステリー映画祭が開催される。 ...続きを見る |
2005/09/25 03:38 |
盛岡八幡宮 祭典 初日 3
小雨の中いよいよはじまった八幡下り。 御輿もすっぽりビニールに覆われた姿でした。 例年の行列がなくて残念。 さて、山車のほう、写真は三番組の「五條大橋」です。 こんなに擬宝珠小さくないぞ! 京都のはデカイとか思いましたが、いやはや同じくらいか。 そうです。五條大橋は現在の松原橋。 松原橋の擬宝珠はこのくらいでした。 ・・・と余計なことを考えながらもなかなかよくできてる山車でした。 ...続きを見る |
2005/09/14 17:27 |
盛岡八幡宮 祭典 初日 2
八幡宮前にはビニールを被ったカッパ状態の山車がズラリ。 とうとう雨が落ちてきて強くなったり、弱くなったり。 雲行きが変わらないのでこの姿の山車の八幡下りとなることはやむを得ないようです。 ...続きを見る |
2005/09/14 17:23 |
盛岡八幡宮 祭典 初日 1
天気予報はお昼から雨。 降りそうな〜大丈夫かな〜と思いながら御輿渡御を見るため出かけてみる。 お昼ちょっと前の八幡宮社殿前に置かれた御神輿は写真のような具合でしたが・・・ 八幡宮前に集まってきた奉納山車は、既にカッパ状態でなんとも・・・ ...続きを見る |
2005/09/14 17:21 |
盛岡八幡宮 秋祭り
本日から14日から16日まで盛岡八幡宮の例大祭です。 例年雨にあたるお祭りですが、今年も初日から雨になりそうな空模様と天気予報。 本日は昼から「八幡下り」の御輿渡御山車パレード、明日は夕方から「大通り」の山車パレード。そして最終日は八幡宮境内で流鏑馬が行われます。 ...続きを見る |
2005/09/14 10:23 |
盛岡八幡宮例大祭奉納山車製作中
いよいよ八幡宮例大祭の週を迎えるわけだが、今年はあいにく平日中の開催となる。 奉納される山車も製作が進められている。 写真は八幡宮門前町、八幡町「い組」の山車で、ご覧の通り「暫」のようである。 今年の奉納山車は8台と聞いているが、話題の義経ものはあるのだろうか・・・ ...続きを見る |
2005/09/11 21:34 |
い組 −八幡町−
盛岡八幡宮の門前町「八幡町」の火消しは「い組」である。 例年、秋の例大祭にはかかさず山車を奉納している。 今年も祭り参加者の募集がされていた。 大人の参加費は5000円、半纏は11000円と記されていた。 ...続きを見る |
2005/08/24 20:44 |
あかりのある噴水塔
現在は岩手県立美術館のコレクションに登録されて、今後「噴水塔」の役割を果たすことが無いのではないかと思われる、岩手県庁舎前の池から撤去された美術工芸品・内藤春治(ないとうはるじ・1895明治28−1979昭和54)作の「あかりのある噴水塔」という作品がある。 ...続きを見る |
2005/08/15 14:17 |
手押しポンプ
夏の季節の今頃になると水に触れるのが気持ちよくて、昔我が家にもあった「手押しポンプ」を思い出す。この形の手押しポンプは、盛岡市内の屋外で見かけることはほとんど無くなってしまったが、「家にもあるよ」というところは以外とあるような気もする・・・。 写真は名須川町・願教寺(がんきょうじ)の本堂前にあるもの。他に南大通の久昌寺(きゅうしょうじ)にもある。それぞれお墓に手向ける供花のために利用されている。 ...続きを見る |
2005/08/14 08:36 |
岩手県第1号テレビ
盛岡市鉈屋町の酒蔵・岩手川第二工場さんに岩手県1号のテレビが残っている。 横に置かれた「岩手川テレビ受像中」の看板が歴史を物語っていて、テレビを映しているときは近所から人が寄り合って見たもの。 現在ではこの画面に画像が映ることは不可能(?)と思われますが、液晶テレビが普通となりつつある今、文化の進化は早いものです・・・。 ...続きを見る |
2005/08/14 08:29 |
盛岡の珍菓 ぞうみ飴
もう、ずいぶん前から気になっている盛岡の地菓子がありました。 それは例年の気候に左右されて、今年は美味しいのが出来るのかと心配になる素朴なお菓子です。 それは「珍菓 ぞうみ飴」 やわらかくて、強く印象が残るほどの風味でもないのですが、これは小さい頃によく食べたような 記憶を呼び覚ましてくれる味でした。 そもそもが全くの天然素材から誕生しているお菓子。 伝え続けて欲しい盛岡地菓子のひとつです。 ...続きを見る |
2005/08/14 06:24 |
おかんの墓 −大泉寺−
先に盛岡伝説案内で紹介した「お菊の皿」がある盛岡の本町通の寺「大泉寺・だいせんじ」には、「おかんの墓」も所在する。寺の入り口に「おかんの墓」と記された看板が建っています。 関西出身の方であれば「おかんの墓なんていっぱいあるやん」と思われる方も多いようですが、ここのお墓は正式には「畠山於感」の墓ということになります。 ...続きを見る |
2005/08/13 07:10 |
ベル −びっくりドンキー創業店−
盛岡の大通り界隈、旧町名でいうなれば「鶴舞町」だったあたりに『ベル』という店がある。 その店の外観はこの前まで普通の飲食店であったが、改装オープンしたら写真のような具合。 ここは何を隠そうハンバーグの店「びっくりドンキー」の創業1号店である。 今となっては全国チェーン店のようなものなので、全国の店舗の1号店ということだ。 なぜ「ベル」なのかといえば、そもそも創業時の名前がそうなので、ここに限って「ベル」という名前でお店を続けているのであって、メニューはすべて「びっくりドンキー」と一緒な... ...続きを見る |
2005/08/08 22:54 |
阿部善吉翁顕彰碑
「シダレカツラ」については何度も掲載してきたが、このたびその伝説の地を辿って歩いてみることができた。 まずは他でもなく「南部枝垂桂」を増やすことに成功した阿部善吉翁の顕彰碑は、盛岡市大慈寺町の永泉寺(えいせんじ)にあります。 その碑文は、 表には 「阿部善吉翁顕彰碑 積年の苦心も水の泡ならで後世に遺すしだれ桂かな 善吉」 とあり、 裏には、 「阿部善吉翁は明治十九年十二月二日盛岡市鉈屋町に生れた 昭和五年盛岡市長北田親氏氏にシダレカツラ育生をすすめられ苦心の末昭和十年これに成功... ...続きを見る |
2005/08/06 17:42 |
櫻川観世音 −盛岡三十三観音 第21番 龍谷寺−
石川啄木の両親が出逢ったとされる寺・盛岡市名須川町の虎嶽山龍谷寺(曹洞宗)に「櫻川観世音」と呼ばれる観音様が一体ある。 別名「片葉観音」ともいわれる片腕のない観音様です。 その昔、北へ向かう一本筋の道が通っていて、龍谷寺付近に鬱蒼とした木立があり、櫻川が流れていました。あるとき、観音様を携えた旅僧がここで野宿すると、夜に盗賊が襲い、太刀を振り下ろした瞬間閃光が走ると太刀は折れてしまい、賊は逃走しました。朝、僧が観音様を見ると片腕が飛んで川岸に漂い、腕に触れた葦はみな片葉になっていました。 ... ...続きを見る |
2005/07/31 16:04 |
盛岡・大通り街路樹の名残 −いちょう−
現在、盛岡市内大通りの中央に1本のいちょうの木が残されているが、これは大通りが開発された当初に植えられた並木の名残であって、それは、以下の新聞記事から読み取ることができる。 ...続きを見る |
2005/07/30 21:39 |
盛岡の「銀座の柳」と「銀座の煉瓦」
東京・銀座の柳と京都の関係は既に紹介済みですが、半次郎の住む盛岡にも銀座の柳が植えられています。 一本は写真の「銀座の柳二世」。もりおか啄木賢治青春館(旧第九十銀行本店本館・国重文)の前に植えられています。 もう一本は、石川啄木新婚の家に「銀座の柳三世」があります。 ...続きを見る |
2005/07/27 20:31 |
烏帽子岩(兜岩)のいわれ
盛岡城築城時、この地を掘り下げたときに、大きさ二丈ばかり突出した大岩が出てきました。 この場所が、城内の祖神さまの神域にあったため、宝大石とされ、以後吉兆のシンボルとして広く信仰され災害や疫病があった時など、この岩の前で、平安祈願の神事が行われ、南部藩盛岡の「お守り岩」として、今日まで崇拝されています。 「桜山神社社務所説明板」より ...続きを見る |
2005/07/26 22:14 |
一里塚に松の木復活 −上田一里塚−
本日、岩手県立博物館で開催されている「義経展」に向かう途中、アネックスカワトク前を通過。 昨年の台風16号で松の木が倒木して撤去されたままになっていた「上田一里塚」に、松の木が植栽されていました。 大きな中央の木の回りに数本の松の木。さらにイベント植栽用の松の木もあって、合計何本植えられたのかわかりませんが、いずれにしても「マツノマダラカミキリ」の「マツクイムシ」などの影響を受けずに大きく育って欲しいと願っています。 ...続きを見る |
2005/07/23 23:59 |
栗山大膳と盛岡
盛岡の愛宕山(あたごやま)には、福岡県・黒田藩の黒田騒動で有名な栗山大膳の墓がある。平成14年は栗山大膳没後350年だったそうだ。 さて、この栗山大膳が南部藩にお抱えの身でありながら、何処に住まいしていたのかという話題なのである。 下小路という地区に一本の巨大な栗の木があり、その元に「栗山神社」が祀られていたのだが、最近この栗の木も切り倒されてしまった。実はこの地が栗山大膳の屋敷跡ではないかと思われてきたのだが、どうも文献を紐解くとそれは間違いであるのかもしれない。 ...続きを見る |
2005/07/22 23:31 |
古代の石笛
故姫神・星吉昭氏が「北の風あおあおと」というエッセイ集の「中津川」という作品の中で以下のように書いてある。 中の橋と、ひとつ下流の毘沙門橋との間に、数個の巨石が深い流れに打たれている。もし誰かが中の橋を渡って、そこから川面を見たとすれば、その石の存在に気をとめるに違いない。この辺りの喧騒を吸いとるように静かなたたずまいを見せるこの石に、私はかねてから魅かれるものがあった。人伝えに、この石には既に名前が付いているらしいことを聞いていたから、いつかそれを聞きだそうと、ひそかに思っていた。 石は... ...続きを見る |
2005/07/22 21:43 |
馬頭観世音のお祭り
盛岡市のその名も旧町名「馬町・うままち」に峯壽院(ほうじゅいん)として馬頭観音を祀る寺がある。正しくは、盛岡三十三観世音の第一番札所で、亀慶山城南寺 峯壽院である。 この寺はもと天台宗寺門派で近江滋賀郡別所村園城寺末。本尊は馬頭観世音菩薩。脇侍は延命地蔵菩薩と波切不動尊である。当院開山法壽法印は、下総(千葉県)千葉常胤の裔で、文治年間(1184-1189)下野(栃木県)に移り美濃郡を姓とし、のちに奥州江刺に転じて新渡戸と改めた。後年、稗貫郡里川口(現花巻市)に移住。慶長3年(1598)、当時... ...続きを見る |
2005/07/18 19:10 |
盛岡天満宮の石馬(狛犬)
盛岡天満宮拝殿の前に一対の狛犬が座っている。これは市内上小路に住んでいた高畑源次郎氏が制作して明治38年(1905)に奉納したもので、当時は地面に直に据えられていた。石川啄木はこの愛嬌ものをひどく好んだといわれ、昭和8年7月23日、啄木の歌を銅板に鋳造して台座を設けてはめ込んだ。 夏木立中の社の石馬も 汗する日なり 君をゆめみむ 啄木 松の風夜昼ひびきぬ 人訪はぬ山の祠の 石馬の耳に 啄木 啄木の小説「葬列」にもこの石馬が登場している。 ...続きを見る |
2005/07/16 21:39 |
ガス燈の由来 −創始者は南部藩士−
わが国における都市ガス事業の始まりは、明治5年(1872)、横浜の外人居留地にガス燈をともしたのが始まりである。ガスの利用については、これより17年前、南部藩士の手により発明されている。当時の文献によれば、安政2年(1855)、南部藩医師・島立甫(しまりゅうほ・玄燈)が、江戸亀戸の自宅において、コールタール製造の副産物として発生する石炭ガスに点火し、照明として利用した。同じ頃、水戸藩に招かれ、那珂湊に反射炉を製造した南部藩士・大島高任(おおしまたかとう)が、コークス製造の副産物利用としてガス燈... ...続きを見る |
2005/07/16 21:22 |
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